【全て投げ出したくなった障害児子育て】私の経験と学んだこと

せいくん

子育て中の心にそっと寄り添うブログ。 発達障害をもっと分かりやすく紹介。 せいくんは小学3年生、特別支援学校に通う三兄弟末っ子。 重度知的障害を伴う自閉スペクトラム症。(ASD) 発語なし、偏食、感覚過敏。 小さな身体で一生懸命生きています。ちょっとイケメン。 障害児の生活や支援学校、効果のあった療育グッズを紹介。


重度知的障害自閉症の息子を育てていて、

消えてしまいたい、全て投げ出してしまいたいと感じた日々がありました。

そんな私の経験とそれを乗り越えた話です。


※ネガティブな内容が含まれます。


息子大暴れのきっかけ

息子の心が乱れたきっかけは、引っ越しでした。


7歳の春、住み慣れた家にお別れし新しいお家へ。

引っ越しといっても、前の家から徒歩10分程度のところです。


新しい家は、建てている途中息子も何度か足を運んでいたところだったので、特に息子には引っ越しを伝えず、この時は安易に「新しい家を喜んでくれるかな」と考えていました。



そして引っ越しの日、息子が学校から帰宅するのは新しい家です。


「今日からここで寝るからね」


そう息子に伝え、夕飯と入浴を済ませた後、布団に入りました。


新しい寝室に、少し戸惑った様子の息子。

一日目はいつもより2時間遅く就寝しました。




それから1ヶ月間は

学校の先生や放課後等デイサービスのスタッフに


「引っ越しがありましたが、息子さん落ち着いていますね」

と言われ、息子も住み心地が良いと感じているのだと思い、変わらないスケジュールで過ごしていました。


ですが2ヶ月経った頃、段々と息子の様子がおかしくなり始めます。



息子の精神が不安定

引っ越しから2ヶ月。

明らかに癇癪やパニックが多くなり、感覚過敏も酷くなり始めました。

元々落ち着いた性格の息子とはまるで別人で、毎日のように一日中唸り声を上げ、泣き叫びます。


この時の様子は

  • 一日中機嫌が悪い
  • 泣き叫ぶ
  • 不快そうに唸り声を上げる
  • 物を投げ、引っ掻く
  • 感覚過敏が酷くなる
  • 学校でも毎日不機嫌
  • 偏食が酷くなる
  • 眠れない



特に睡眠障害が最も辛く、毎日明け方4時まで起きていたり、たとえ22時ごろに眠れても、翌1時頃に目が覚めてしまう生活が続きます。

そのため、息子は日中眠くなり、放課後等デイサービスで仮眠を取らせてもらったこともありました。

また毎日睡眠不足のため、日中の活動に集中できず、息子にとって学校生活も辛いものになっていきました。



感覚過敏では、以前まで問題なくできていた

服を着る・お風呂に入る・髪を乾かす・爪を切る・マスクをつける・歯磨きをする・リュックを背負う・身体に触れる

これらのことを極度に嫌がり、出来なくなっていました。


何とか息子をお風呂に入れても、2時間裸で泣き叫ぶなんて毎日のことで、歯磨きや爪切りは、眠っている間に何とか済ませていましたが、動くのでしっかりおこなうとはできませんでした。



こんなことが3ヶ月間続くと、息子と私の精神状態はボロボロ。


私も毎日イライラし、息子や家族に当たってしまい、遂には

「怒っている声が怖いからもう少し静かにして欲しい」と周囲に言われ、”誰にも辛い気持ちを分かってもらえないんだ” と、とても悲観的になりました。




親である私の不調

息子の睡眠障害が起きてから、私も夜中にずっと付き合うため、眠れない日が続きました。

夫は普段から子育てに積極的ですが、息子の不調が続いたこの時期は仕事が忙しく、私はワンオペ状態。



次第に私は日中何もやる気が起きず、息子が学校へ行ってからリビングの椅子に横たわり、

「消えたい 消えたい・・」と泣き続け寝落ちしたりを繰り返していました。



5年続けた仕事も辞め、短期間で体重が3㎏落ち、毎日スマホで調べていたのは、精神科や心療内科。

でも息子も病院に連れて行かなければならない。

分かっていても身体が動かない。

病院で、自分の子育てや精神状態を否定されるのも怖い。



気付けば「手首に包丁を当てたらどうなるのだろうか・・」と考えたり、夜中に一人で遠くへ行くことも考えました。


その時頭によぎるのは、上の子たちの哀しむ顔でした。

抑うつ状態が続き結局何もできないまま、暴れる息子を病院へ連れて行く気力もなく、息子の様子がおかしくなってから3か月が経っていました。





誰かに相談すること

私の精神状態がボロボロになっていた頃、私の妹が産後うつになっていました。


そんな妹に対し、私たちの母は

「うつになることはメンタルが弱いから」

「うつ病を人に話すなんて恥ずかしいことしないで」

と言いました。



子どもの頃から「しょうもないことで泣くな」と言われ育った私は、この言葉を聞いた時も、母や誰かに弱音を吐けませんでした。



誰かに聞いて欲しい

誰かに助けて欲しい

毎日そんなことを考えながら誰にも辛さを訴えられませんでした。



やっとの思いで息子を病院に連れていき、服薬を始めることになった時、夫に

「今まで消えたくなるほど辛かった」

「でも助けてって言えなかった」と伝えることができました。




きっと、この行動がすごく遅かったのは分かっています。

でも、私の中に、

「産んだ子供を育てられないなんて、情けない母親だ」

「自分が弱いからいけない、弱音を吐くことは恥ずかしい」

という気持ちがあったからです。


夫に話してから、随分と身体が軽くなる感覚になったのを覚えています。



まとめ

私は健常児と障害児を育てていますが、これほどまでに辛いと感じたのは、生きていて初めてでした。


この時から私自身考えも改めるようになりました。


  • 辛い時は辛いと言わなければならないこと
  • 自分の性格を育ちのせいにしないこと
  • 誰かに期待しないこと
  • 今日やらなくても良いということ
  • 誰かの辛さと比較しないこと
  • 私は頑張ってると口に出すこと
  • 迷惑はかけても家族を傷つけないこと
  • 変化が苦手な息子のことをもっと知ること



辛い時に辛いと言えないことが一番辛い。



真っ暗なトンネルの中で、辛くて歩けなくなっているような生活でしたが、今息子は4種類の薬の力を借りて、笑顔を取り戻すことが出来ています。



障害児の子育ては辛いと感じることや、大変なことがたくさんあり、きっとこれからも私自身大きな壁にぶつかることと思います。



でも13年子育てして一つ言えるのは

大変だけど不幸ではないということです。


最後までお読みいただきありがとうございました。


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